2004年夏北海道自転車旅行記
2004年夏、2年ぶりの北海道自転車旅行を計画した。私は、北海道1周を長期的に時間をかけてしたいと思うようになった。たとえ5年10年かかっても。学生のときに北海道を1周しておけばよかった。社会人なのだから休みはそれほどとれない。一気に一周をしなくても1年ごとに少しづつでも走ればよい。今回は、札幌から日本海側を走り稚内、宗谷岬、浜頓別、サロマ湖、網走へ向かう。北海道の上部の海沿岸を走る。まだオホーツク海沿岸を走ったことがなく楽しみだ。
今回は、なるべくライダーハウスを使わずキャンプしたいなーと。テントも持っていくし、ガスも持っていく。時計はもって行かないが、携帯電話は持っていこうと思う。
8月13日(金)
仕事が夕方終わり、すぐ新宿行きの高速バスに乗る。自転車とたくさんの荷物をトランクにぶち込む。新宿には23時くらいに到着した。明日14日の朝1番の札幌行きの飛行機に乗りたい。羽田空港を目指さないといけない。電車で羽田空港に目指せばいいのだが、今日は金曜だしこの時間は電車はものすごい混みそうだから、自転車なんて持ち込んだら大迷惑だろう。だから新宿から羽田まで自走していくことにした。このときは羽田なんてすぐ着くだろうと思っていた。同じ東京23区内だし。しかしそんなことはない。結構な距離が実際にはあるのだった。東京の地図は持ってきていない。とりあえず南下だ。品川に行けばナントカなるはずだ。品川を目指すためにとりあえず渋谷を目指す。明治通りを走り渋谷駅に着いた。しかしこれからどうすればよいかわからない。とりあえず山手線に沿う形で走り迷いながら品川区に入った。看板で羽田の表示があったのでそれに沿って向かう。羽田空港の構内には入ったが、国内線ターミナルまで結構距離を走らされた。新宿から40キロ弱は走っただろう。深夜2時45分に国内線ターミナルに着いた。やべえ、結構走った上に到着が遅れてしまった。朝早いのだが。飛行機に乗るために荷物をまとめなくてはいけない。だから早く起きなければならない。あんまり寝る時間がないなと思った。
とにかく寝床を探す。ターミナルのドアは閉まっているので外で寝るしかない。しかし深夜なのに蒸し暑い。30度くらいあるんじゃないか。今年の夏は日本各地異常なほど熱い。シュラフマットをドアの前にしきそのまま横になった。明かりがまぶしくてねれない。3時45分頃、性別不詳かつ年齢不詳の人が車から降り私に近づいてきた。
謎人 『すいませーん』
私 『はい』
謎人 『あのー、成田空港ってどこですか?』
私 『成田?成田って?えー!?』
おどろいた。このひとは、成田空港を目指したのに羽田に来てしまったのか?しかし、成田空港ってどこですかなんていう人が今時いるのか??全然場所が違うし、千葉県じゃないか。千葉県にとりあえず向かってくださいと言った。
8月14日(土) 札幌---浜益
とにかく3時近くに羽田に着いたから1時間しか寝ていない。早めに自転車を輪行袋に収納し、荷物を収納しないといけないから早く起きた。羽田6時40分発千歳行に乗る。飛行機は好きじゃないが致し方ない。寝台列車で行きたいもんですがね。荷物検査でガス缶没収された。無念。手荷物じゃないのに、、、。。8時40分に千歳に着く。札幌市街へいくのに今回はバスを使った。前は快速エアポートで札幌駅へ行った。エアポートは人が多く座れないし、自転車がすこし大きい荷物なので避けた。札幌駅行きのバスは座れるし良かった。ただし時間はかかる。札幌駅に到着し自転車を組み立て、サイドバックを装着し10時半出発だ。今日は留萌まで行きたい。その計画だ。しかし130キロ走らないといけない。朝早くから走ればよいがもう正午近くだ。厳しいがとにかく急ごうと思った。
札幌駅を出発して2時間で33キロ進んだ。よいペースだ。日本海沿岸に向かい国道231号を走っているのだが、非常に渋滞している。はっきり言って車より自転車の方がはやい。この渋滞の原因は、最初海水浴のためかと思ったが、違うことが判明した。この渋滞は石狩市を超え厚田村まで続くのであるが結局厚田村戸田記念墓苑公園に向かっていることが判明。231号から墓苑に向かい右折していく道が車の行列でものすごいことになっていた。この公園を過ぎると、すっきりと車の数が減った。
この日は、車からのエールが多かった。渋滞だから、自転車とスピードがあんまり変わらなかったということもあるかもしれんが。窓から手を振る人、『行け!』と怒鳴る人、頑張れといってくれる人。
走行距離40キロ後半になると、ばててきた。最初とばしすぎたかもしれない。寝不足もあるしハンガーノックもあった。今日は留萌は無理だろう。今日はとりあえず浜益村までがんばろうと思った。
あした、体調がよい状態で走ろう。浜益村に着き海辺のキャンプ場にテントをはる。今日は、ガス缶没収されたから自炊はできん。しかしこのキャンプ場ほとんどオートキャンプ場に化している。このキャンプ場からの夕日は良かった。とにかく足がいてー。

走行距離74キロ 遭遇チャリダー10人
8月15日(日) 浜益---初山別
4時50分起床。すぐにテントを片付け出発の用意をする。やっぱり朝は寒い。しかも足がかなり痛い。気持ちが萎えそうになるが、昨日の遅れを少しでも取り戻さないといけないので気合をいれる。6時出発、とりあえず60キロ先にある留萌をめざす。今日の目標は天塩だが、180キロ走らないといけないので難しいだろう。増毛まではトンネルだらけである。昨日もトンネル多かったが、とにかくトンネルは疲れる。チャリダーにとっては気を使うことが増えるわけでして。昨日はハンガーノックになったので糖分、水分、ごはんを十分十分食った。10時半に留萌に到着。非常によいペースだ。留萌市街で、日曜大工店があればガス缶を手に入れたかったがなかった。とにかく札幌からずっと向かい風なのだがこれには参る。留萌からは多少ペースが落ち羽幌ぐらいにつくと疲れてきた(110キロ走破)。羽幌では眠くなってきたがもっと進まないと明日の稚内入りが辛くなる。このさきの金毘羅岬らへんのみさき台公園キャンプ場(初山別村)まで今日は走ることにした。16時キャンプ場到着。今日は良く走った。余力はあったが、雨が降りそうだし暗くなってきたのでここらでと。走行距離137.5キロ。キャンプ場500円たけえよ!!近くに温泉あり。稚内までは、あと110キロ強です。
走行距離137.5キロ 遭遇チャリダー9人
8月16日(月) 初山別---ノシャップ岬---稚内
6時40分キャンプ場を出発。寒い、足が痛い。足が痛いといっても、自転車をこぐときは何も感じないが、徒歩で歩くことがつらいのである。今日はなんか追い風である。今日はイケルと思った。しかし曇り空。38キロ進み天塩まで来ると晴れてきた。さわやかだー。今までと違い海も緑もはっきり見える。最高だ。しかも追い風!快走だ!海沿いの道、稚内まで一直線だ。涼しくかなり気持ちよい。10時くらいに豊富町のレストハウス砂丘林に入る。3年前ここで塩ホタテラーメンを食ってすごいおいしかったので。いままで食った塩ラーメンで一番おいしかったからだ。サロベツラーメンが復活していたが、迷わず塩ホタテラーメンを頼む。やっぱり美味いね。
昨日から利尻富士が見えていたがどんどん大きくなっているのがわかる。レストハウスから風が向かい風になってきた。今日はこのまま稚内市街にいかずノシャップ岬に行く予定だ。道道254号に入る。向かい風がきつい。13:40ノシャップ岬に着く。本当に早く着いた。ペースが良すぎる。写真をとり稚内市街にはいり、ガス缶、シュラフマット、米、味噌、缶詰などを買う。やっとガスを手に入れこれで自炊シフトに入れる。うれしかった。
フェリー乗り場近くにある港北防波堤ドームに向かう。野宿をするためだ。キャンプ場があったが、丘の上で行くのが大変だし、ここの防波堤ドームは野宿者には有名なところだからだ。行くとすでにテントがはってある。ここなら雨がふったとしても大丈夫だ。早速テントを張る。そして早速コッフェルで米を炊く。で炊けたら、そのまま放置してスーパーでウニを買ってくる。ウニは1皿1800円稚内産だ。これをコッフェルの中のメシにぶっかける。うに丼の完成だ!
それにしても、利尻富士見て登りたくなった!予定変更するか。
それにしても、それにしても、隣のテントがチャリダーカップルなんだけど、テントの前で膝枕やめたまえ。
走行距離119キロ 遭遇チャリダー12人
8月17日(火) 稚内---利尻島---稚内
今日は、宗谷岬をこえオホーツク海側に行く予定であったが、昨日オロロンラインを走って利尻富士に登りたかったんだ俺ということに気づいた。今日利尻富士に行くことにした。日帰りで。計画ではこうだ。まず、6時半の鴛泊行きの船に乗る。そして即行利尻富士を目指し登ったらすぐ下山し夕方稚内行きに乗る。という強行スケジュールである。このとき利尻富士をなめていた。標高を知らん。しかもチャリダーが結構登っているようで、軽装でいけるかと思った。
昨日まで3日間で330キロ走っておりかなり足が痛い。ストレッチしてもなおらない。普通に歩けないのだ。とくに下りっぽいところをあるくと、腿が非常に痛む。これでも山に登るのだろうか?まあ登れるだろうと楽観的である。朝飯を買いに行ったらコンビニはやってない。朝早いためだ。利尻島で買えばよいやと思った。利尻島にハイキングに行く気分である。服装は、Tシャツにゴアテックスの上着を着て、ハーフパンツだ。靴は流通センターの安物の靴だ。荷物はリュックにカメラを入れただけである。この装備にて利尻島へ乗り込む。自転車その他の荷物は稚内に置いていく、防波堤ドームにテントを張ったままなのだ。8時半利尻島に到着。利尻島につき食料を買おうとしたらない!店が。土産屋しか・仕方なく自販機でカロリーメイト2箱とペットボトル500mlを2本買う。鴛泊から利尻山の登る正規ルートがあるのだが、私はそっちにいかず姫沼を経由してしまったので時間と体力を消耗してしまった(遠回りだし、登山道だ)。参った。やっとのことで正規ルートに入るが時間を食ってしまっている。4合目ですでに11時になってしまっている。さすがにヤバイと思った。このまま日帰りで帰れない。ここで野宿はまずい。チャリもテントもシュラフもないし。
焦ってきたので、駆け足というか走って登る。5合目、6合目、7合目までマッハで登った。7合目まで来るともう走れない。道が荒れており、本格的な登山道だ。参った。そして傾斜も結構ある。ここまで来るのに下山者とすれ違ったが、これから登りかい?とか今日は泊まりかい?とよく聞かれるので不安になっていた。ここまできたらリタイアはしたくないのだが、7合目から8合目が全然訪れない。やっと大きな平地に着いたのだがここは8合めでなく8合目の手前だという。ここで13時。登り始めはここが利尻富士の頂上かと思っていたのだが。ふと見上げると雲の中からどうやら利尻山の頂上がみえた。あちゃーまだぜんぜんあるじゃん。俺はここまで全力でかけてきたので足がもうやばかった。こりゃー間違いなく明日に響くなと落胆する。ここから頂上まで2時間かかるという。もう登れば日帰りは無理だ。というかこの装備ではマジで遭難すると思い下山を決意。食料もカロリーメイト2ほんしかない。下山にも時間がかかるだろうし。で、下山をはじめるのだが足が痛んでいるためかなりきつい。よぼよぼの爺さんのように下りはじめた。何人もの登山者に抜かれながら。利尻山に登ることができなかったがかなりいい景色を見れた。礼文や稚内を見下ろす風景だ。頂上に行っても霧で何にも見えなかったっしょと負け惜しみ。達成感はないがまあきてよかった。まあいつかまた挑戦して制覇したい。へとへとで稚内へ戻る。
8月18日(水) 稚内---宗谷岬---浜頓別(クッチャロ湖)
早くに起床。飯を炊く。今日は猿払まで走ることにし、余裕があれば先へ進む考えだ。足が痛いので無理をしないようにしたいからである。風が強いためテントの入り口をあけて中で飯を炊く。シーチキンを食いながら飯を食う。うまい。9時稚内出発。宗谷岬をまず目指す。最北端ホクレンの旗はもうなくなったようで買えなかった。宗谷岬まで三十数キロあるのだが追い風でかなり快走である。普通に40キロ位出る。風は強風であり、これが向かい風になったらかなりやベーよ。10時45分宗谷岬到着。かなりよい走りであった。ほとんどパワーを使わなかった。いい天気ですこしマッタリ。瞬間的でも日本で一番最北端にいた。海岸の小さな岩だ。11時45分宗谷岬出発。このペースだと猿払などすぐについてしまう。今日はとりあえず浜頓別だな。猿払あたりになると海からの横風がすごい。海はきれいだが横風はきつかった。なんか浜頓別までコンビニが1軒しかなく(そこをすっとばした)補給ができなかった。なので浜頓別まで一気に走りクッチャロ湖畔に向かう。湖畔のキャンプ場はものすごい強風であった。でもここでテントを張るしかない。テントを張って飯を炊き始めた。19時くらいになると風がおさまった。夜は21時くらいまで隣のテントのライダーと話した。テントに入って寝たが、よる22時くらいに雨がいきなり降ってきた。参った。干したタオル水濡れ、カメラ水没寸前、地図ずぶ濡れ。靴も、、。メシはミルピス、カレー。
走行距離98キロ 遭遇チャリダー10人 徒歩ダー1人 ヒッチハイカー2人
8月19日(木) 浜頓別(クッチャロ湖)---紋別
朝、クッチャロ湖畔は、風がない。雨もやんでいる。晴れそうだ。メシを炊きラーメンを作る。そしてフルーツの缶詰を食う。8時出発。風は追い風、弱風。比較的スムースで楽だった。目標は紋別でライダーハウスのライダーチャリダー共和国である。130キロ今日は走らないといけない。国道はトラックがよく走っており抜かれるたびに魚くさいにおいがこだまする。1時半くらいになんかおまわりさんが私を止める。そして駐車場の方へ誘導する。なぜだ??別に何も悪いことしてないのに。なんか交通安全キャンペーンらしく、黄色い旗をもらった。旗もらったどー。そして記念写真をとられる。これは自宅に送ってくれるらしい。すばらしい。雄武町での出来事でした。16時にライダーチャリダー共和国についた。おじさんはとても良いひとで、気を使ってもらってありがたかったです。個性的な旅人が多く非常に楽しかった。また来たいですね。なんか台風がちかづいているようで明日ヤバイです。結構速度のある台風が接近中らしい。
走行距離133キロ 遭遇チャリダー2人 ヒッチハイカー2人(昨日見かけた人含む)
8月20日(金) 紋別---中湧別
台風北海道接近。朝から雨と風が強い。これでは、出発するのは厳しいだろう。連泊もやむなしと思った。昨日泊まった人のうち3人しか出発しなかった。しかし家の中でごろごろするのは退屈だ。地図を見ながら次の行程を考える。サロマ湖畔にて生ホタテを買ってガスで焼いて食いたいなと思った。網走では網走監獄博物館に行きたいなと思う。
それにしても今日はサロマ湖畔のキムアネップキャンプ場に行く予定だった。今日ここに連泊するならば明日は一気に網走に行かないといけない。
昼、残っている人たちと隣の食堂のライダー定食を食った。14時くらいになると雨と風が弱くなってきた。いけるかもと思い出発の用意をした。14個45分ライダーチャリダー共和国を出る。今からどこまでいけるだろうか。キャンプ場はこの雨だと厳しいので道の駅で野宿だなと思った。雨はまだ降っているのでコンビニでカッパズボンを買う。
このカッパ買って良かった。靴は、ガムテープを張った。これがかなり効果を発揮。
紋別の道の駅でマイナス20度を体験した。7年前網走の観光施設でマイナス20度経験したことがあるが。まあ昔を思いだした。きてよかった。上湧別町に入るが、あともう少しでサロマ湖だ。しかし暗くなってきた。野宿する場所を決めないといけない。道の駅アイランド湧別まであと10キロ。あと2キロの道の駅中湧別を選ぶ。この道の駅は結果的に良かった。野宿しやすいのである。旧中湧別駅のホームがあって屋根つきである。ここにテントを張った。ここにはチャリダーが結構野宿のためにいた。温泉つきの道の駅である。隣のテントの奴は千葉からママチャリで走ってきたようだ。しかも軽装備で防寒着がなくサンダルである。完全に北海道をなめてる。このサンダルで利尻山を登ったらしい。すごい奴だ。この男は次の日は朝3時に起きウト炉まで160キロ走る予定だ。すごい体力だ。昨日ここに泊まったチャリダーは今日もここを動かなかったようだ。俺は動いたが40キロ。
走行距離40キロ 遭遇チャリダー0人(走行中は)
8月21日(土) 中湧別---網走
旧中湧別駅
今朝は朝5時起床。晴れている。しかし、寒い。足もいたい。連日朝足が痛む。米をコッヘルで炊く。テントをたたみ。荷を整理して出陣の用意が整った。6時50分道の駅を出発。さっきまで太陽が出ていたが、曇ってきた。不穏な感じだ。道の駅湧別あたりで雨が降ってきた。小雨。サロマ湖は非常に穏やかだ。波がない。サロマ湖畔の北野水産で親への土産を買い、送った。50センチを超えるマスが500円であった。メスは卵を持っているので50円くらい高い。干物、昆布、マスを送っといた。あと、生のホタテを殻つきで買う。1枚90円で3枚買う。
地図ではサロマ湖畔なのだがあんまりサロマ湖を見ながらはしっている感じではない。能取湖のほとりにてガスでホタテを焼いて食った。味付けしなくても大丈夫でした。
小雨が降りつづけるため能取岬に行くのをやめた。行きたかったのだが。7年前行ってよかったから。
時間があるので網走市街へ向かい網走監獄博物館に行き見学。これもまた大学の夏合宿で7年前に行っている。懐かしかった。見学が終わると土砂降りの呈だ。網走駅前のビジネスホテルに泊まり、マッタリする。靴がくさい。今日もガムテープを貼って走ったため逝ってしまった。においが味噌蔵のようだ。うえー。
走行距離89キロ 遭遇チャリダー無数
8月22日(土) 網走---上野へ
9時半札幌行きの特急オホーツクで札幌へ向かう。14時半到着。札幌は晴れている。暑い。狸小路のラーメン屋で味噌ラーメンを食う。どうやらこの小路にはラーメン屋が集まっているようだ。今度来たらハシゴする。で、入ったラーメン屋はうまかった。自家製麺ぽいし。店の中で駒大苫小牧の甲子園優勝シーンを見た。拍手が沸いた。
19:27発の上野行きの寝台列車に乗る。旅は終わりだ。